こんにちは、ヨガ講師育成トレーナーのKenです。
今日は、RYT500 ヨガ 愛は苦しみの素?それとも愛は安らぎの素?について解説します。

今日は「愛と慈悲の違い」についてお話します。
これはヨガや仏教において重要なテーマですが、日常生活にも役立つ概念です。
愛は苦しみの素
仏教の考え方では、愛は苦しみの根源とされています。
この「好き」という気持ちが、少なからず大きな心の深踏みや苦しみにつながると説かれます。たとえば、好きなものを失う怖さ、完璧なものを求める欲望。これらは結局、人生を苦しくする要因となりがちです。
慈悲は安らぎの素
それに対して、仏教やヨガは「慈悲」の心を育むことの重要性を説います。慈悲は4つの要素で構成されています。
友情 (メッタ) :友情としてすべての人や事物を考える心です。嫉妬する目ではなく、敵でさえも友達として受け入れる姿勢が重要です。
惜みの心 (カルナ): 困っている人を支えようとする気持ちです。惜みは、人間の自然な情感ですが、自分の好きに限らずすべてに向けることが重要です。
喜びの心 (ムディトーシャ) :他人の喜びを自分ごとのように受け入れる心です。妄みやねたみを超えて、他人の幸せを絶対的な争いなく受け入れることが大切です。
捨てる心 (ウペッカ) :どんな事情でも見過ごす大らかな心です。これは無視するのではなく、あるがままを受け入れ、許してあげることを意味します。
愛と慈悲のバランス
仏教やヨガは「慈悲」を持つことで心の安らぎを得ることを重視していますが、現実的には「愛」も必要です。人は好きなものを争い、苦手なものに挑むことで成長します。大切なのは、これらのエネルギーをよく理解して、二面性のバランスを保ちながら生きることです。
RYT500 ヨガ 愛は苦しみの素?それとも愛は安らぎの素?
結論として、「愛」は我々の試等と成長の源、「慈悲」は安らぎの基盤。その二者を育むことで、より深い意識で日常生活を送ることができます。!
愛は苦しみの素?それとも愛は安らぎの素?については、詳しくは動画にもお伝えしているのでこちらをご覧下さい。
ではまた。
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